ヘリコプター(回転翼航空機)には飛行規程の中で、超えてはいけない対気速度が設定されています。
その速度が設定される根拠は何でしょうか。
いくつかの要因によって決まりますので、それを一つずつ解説してみたいと思います。
耐空性審査要領による制限
耐空性審査要領の第Ⅳ部(TA,TB級は第Ⅴ部)の第7章「運用限界、標識及び飛行規程」の中で超過禁止速度Vneは次の値を越えないこと。として3つの項目があげられています。
- 最大前進速度の0.9倍
- 2-5-1および4-1-12の規程で証明した最大速度の0.9倍
- 前進側の回転翼翼端のマッハ数効果について実証された最大速度の 0.9 倍の値
②と③が少し分かりにくいと思うので簡単に解説します。
2-5-1の規程で証明した最大速度の0.9倍とは
2-5-1 振動
耐空性審査要領
回転翼航空機の各部分は、それぞれの相応した速度と出力状態において、過度な振動を生ずるものであってはならない
つまり、過度な振動を生じないと証明された0.9倍を超えてVneを設定してはならない。という事です(そのまま)
4-1-12の規程で証明した最大速度とは
4-1-12 フラッタ
耐空性審査要領
回転翼航空機のいかなる空力面も予想されるすべての速度及び出力状態において、フラッタを生じてはならない。
これも読んで字のごとくですが、フラッタを生じないと証明した速度の0.9倍を超えてVneを設定してはならない。ということになります。
マッハ数効果とは
学問的な内容になるので流し読みしてもらえれば結構ですが、要は速度が上がると空気の圧縮性による抵抗が大きくなるので、その効果について実証試験を行って最大速度を決定しなさいよ。という内容です。
興味がある方のためにもう少しだけ説明すると、
マッハ数効果とは圧縮性流体力学の考え方で、物体の速度によって空気の流れの密度変化の影響を考慮する必要があります。
マッハ数が ~0.25程度の場合は空気の圧縮性は考慮しなくても影響がありませんが、
0.3を超えるあたりから圧縮性の影響が出始めて抵抗が大きくなります。
マッハ数が1前後の遷音速とよばれる領域は衝撃波を発生させて、非常に抵抗が大きい領域になります。
こういった変化は翼型にもよってくるところなので、実証試験をして影響を確認する必要があるんですね。
前進側Bladeの衝撃波発生による制限
回転翼航空機には進行方向に対して前進側Bladeと後退側Bladeがあります。
上から見て左回りの機体であれば、機体右側が前進側ブレード、左側が後退側ブレードとなりますね。
右回りの機体であれば左右逆になります。
機体の前進速度が速くなればなるほど、メインローターの回転数が一定であっても前進側Bladeの対気速度はどんどん速くなるので、あるところで前進側Bladeの翼端が超音速を超えるところに到達するわけです。
そうなると翼端に衝撃波が発生してしまい、抵抗が急激に増える現象が発生します。
ちなみにエアバス式AS350B3(H125)の翼端速度を計算すると以下のようになります。
メインロータ回転数:430 rpm (NR上限)
メインローター直径:10.69 m
周速 V(m/s)=π x D(mm)x N / 1,000 x 60
≒ 240 m/s
= 864 km/h
音速はだいたい1200 km/hなので、単純計算で機体の前進速度が300 km/h を超えるとメインローターの翼端が音速を超える恐れが出てくるというのが分かりますね!
後退側Bladeの失速による制限
先ほどの前進側ブレードとは逆に、後退側ブレードの対気速度は「ブレード速度−機体速度」となり、空気の流れが遅くなります。
空気の流れが遅くなると、揚力が減少します。
また、ブレードはフラッピングやフェザリングという動きをして、揚力の不均衡を補正しようとしますが、これによって後退翼の迎角がさらに増え、臨界迎角を超えて失速に至ってしまいます。
装備品限界による制限
ここまでに挙げた制限事由は同じ型式の機体であれば、全機に適用される共通の制限事項になります。
ここからは機体ごと、あるいは運用形態による制限です。
機外装備品
まずVneが制限される装備品として思いつくのが『機外装備品』です。
例えば機外カメラ装置や機外スピーカー、スノーシューなど色々ありますね。
これらの機外装備品をつけて飛行する場合、制限事項としてVneが制限されることがあります。
ドアオープン
もう一つ装備品限界としてVneが制限されるものとして、ドアオープンでの運用があります。
例えばAS350B3e(H125)であればこんなかたちで形態によって制限があります。
いろんな機種の超過禁止速度 Vneの紹介
最後に色んな回転翼航空機の超過禁止速度(Vne)をまとめてみましたのでご紹介します。
機種 | Vne(kt) |
---|---|
Bell 206 | 130 |
Bell 407 | 140 |
Bell 412 | 140 |
Bell 429 | 155 |
ロビンソン R22 | 102 |
ロビンソン R44 | 130 |
ロビンソン R66 | 140 |
エアバス・ヘリコプターズ EC120(H120) | 150 |
エアバス・ヘリコプターズ EC135(H135) | 140 |
エアバス・ヘリコプターズ EC145(H145) | 150 |
エアバス・ヘリコプターズ AS350(H125) | 155 |
エアバス・ヘリコプターズ AS365(H155) | 175 |
シコルスキー S-76 | 155 |
シコルスキー S-92 | 165 |
レオナルド AW109 | 167 |
レオナルド AW139 | 167 |
まとめ
今回は機体の超過禁止速度(Vne)は何によって決まるのかというお話をしました。
- 耐空性審査要領
- 前進側Bladeの衝撃波
- 後退側Bladeの失速
- 装備品限界
大きく分けてこの4つの要因で超過禁止速度は決まります。
もちろん皆さんご存じのように飛行中の実際のVneは気圧高度と外気温度によって差し引いていく必要がありますので、注意してくださいね。